translation

作家だけがものを作ってるわけじゃない

今日は、勤務先予備校のホームページの更新作業を行っていました。で、やっと完成→更新。

更新作業しながら色々考えていたんだけど、なぜか昔のことを思い出しちゃって少し腹を立てながらやっていました(不愉快だった代わりに、仕事に勢いがつきました...)。で、愚痴りながら考えます。

美術大学受験予備校という勤務先は教育業界の中でも結構特殊な部類に入ると思います。私はその中でも、さらに特殊な部類に入る「学科講師」。今は勤務先の人たちとはコミュニケーションがとれているのでそうでもありませんが、仕事を始めた頃は腹の立つこともけっこう多かったわけです。美術大学受験予備校は、「予備校業界」よりも「美術業界」の色合いが強く(なんとなく)、従業員(先生)の多くは作家さんだったりするわけです。生徒たちも、「俺たちはアーティストになるんだ!」ってやつがほとんどなわけですから、ますます「作家」ではない(作家とは見なされない)学科講師は肩身が狭いわけです。特に私の勤務先は大企業というわけではないので、「学科テリトリー」というか、「非作家テリトリー」の範囲が極端に狭かったわけで。

幸い、現在一緒に働いている人たちはそうではありません。しかし、今は辞めちゃっている人の中に、いたんです。すごく腹の立つことを言った人が(心の中で学科講師を馬鹿にしてるんじゃないか、というのが見えちゃった人が)。

詳しいことは省きますけど、学科(英語/国語)ができなくて困っている生徒が改善すべき部分の多くは、実技でうまくいかなくて改善すべき部分と重なっていることが多いんですよ。まあ、同じ人間がやることなんで、当たり前のことなんですが。人の根底の部分である性格や個性は、何をやるに際しても出てきちゃいますから。で、とある実技の先生(元同僚)とそんな話をしているときに、私が「学科ができなくて困っている生徒が改善すべき部分の多くは、実技でうまくいかなくて改善すべき部分と重なっていることが多いんですよ」って言ったら、相手の実技の先生がこう返答したんですよ。


「(学科と実技は)すごく浅い部分でしかつながっていないと思いますけどね」って。

瞬間的にものすごく腹が立ったんですが、私は特に返答はしませんでした。この人に対しては言ってもわからない、って思ったからです。

作家だけがものを作っているわけじゃないんですよ。絵を描くやつもいるし、音楽を奏でるやつもいる。文章を書くやつがいる。でも、そんな人たちだけがものを作っているわけじゃないんですよ。そんな人たちだけが特別なんじゃないんですよ。料理をする人もいる。会社を作るやつもいる。システムを作り出す人もいる。書類のテンプレートを作る人もいる。団体を作り出す人もいる。子育てをするがいる。子供の将来を作り出している。先生なんて職業は、生徒の将来を作り出しているんですよ。たいていの人は何かを作り出しているはずなんですよ。そういった「ものを作り出す」行為で大事な部分が、お互いに「浅いところでしかつながっていない」とは、私は思わないんです。

大学卒業以来ずっと美術業界の端っこの方にいたわけですが、なんとなくわかったのは、「美術業界の人たちは、自分がものを作っているという感覚がそうでない人たちよりも強烈だ」ってことです。逆に、私が大学時代まで接してきた人たち(美術業界に関わっていない人たち)は「自分がものを作っているという意識が希薄なことが割と多い」というのが、正直な感想です。でも、私は、ほとんど全ての人が何かものを作っていると思います。美術業界とか音楽業界とか文芸界とか素人とか一般人とか年寄りとか若者とか、そんなの関係なく。

自分のやっていることに誇りを持てている人に、私は魅力を感じます。でも、その「俺はものを作っているんだ」という意識が鼻につくことも多いんです。逆に、「ものを作っているんだ」という意識が薄い人は、もっと「自分は何かを作り出しているんだ」という意識と誇りを持ったらよいのではないかと思っています。もっとも、「ものを作っている」という自覚があるからには、責任とこだわりを持ってしっかりしたものを作ってほしいわけなんですが。