不適切な日本語訳に満ち溢れたデザイン(design)という言葉
不思議なことに、「デザイン(design)」という言葉の訳語として、適切なものは日本語の辞書の中には存在しません。辞書を調べると、「図案・下絵・素描・設計図・模様・ひな型・計画・目的・意図」などの用語が並びますが、これらは「デザイン」という言葉が表す内容の一部を意味しているものの、全体を包括して捉えられる言葉とはなっていません。
例えば「図案」「設計図」「ひな型」という訳語は、デザイナーが制作するデザインの設計図を指す場合がありますが、「このプリンター、デザインがいいですね」というような場合、つまり消費者やユーザーが外見や形状の評価を示す言葉としては使用できません。
「下絵」「素描」という訳語も同様です。デザイナーが制作過程で描くスケッチを指すことがあるかもしれませんが、消費者やユーザーが外見の評価を示す際に使用するには適切ではありません。さらに、「下絵」という表現はデザイン分野だけでなく、絵画や彫刻などのファインアートでも使用される言葉であり、デザインだけに特有の要素ではなく他の芸術分野も含意しています。
「模様」という言葉は、平面的なデザインに関しては該当する言葉ですが、プロダクトやクラフトなどの立体的なデザイン自体を指す言葉としてはほとんど使用されません。また、平面デザインの中でもごく一部の表現方法しか取り上げていないといえます。例えば、部屋の壁紙やテーブルクロスなどには「模様」が使われることがありますが、アニメのポスターやロゴデザインを「模様」として捉えることは難しいです。ポスターには通常、同じ形の連続したパターンが使われておらず、ロゴデザインも、ブランド商品のモノグラム(ロゴマークを連続したパターンとして使用した文様)を除いては、ほとんどの場合、単一の表示として存在しているからです。
一方で、「計画」「目的」「意図」といった訳語は、デザインの一部を示してはいますが、他の分野でも頻繁に使用される言葉です。例えば、「旅行計画を立てる」という表現は、本質的には「(デザイナーが)デザインする」とは異なる意味です。人々の日常生活に関わる「構築」を、例えば「ライフデザイン」という呼称を使うように、「デザイン」という言葉で説明することがありますが、これはむしろ多くの場合は「洗練させる」「整える」(カッコつける?)ための言葉であり、芸術の意味を内包する「デザイン」としての呼称とは異なります。
このような事態が生じる理由は何でしょうか?日本の文化において、「デザイン」という行為が存在しなかったからでしょうか?
もちろん、そういうわけではありません。日本は昔から「職人の国(工芸=クラフトデザインの国)」であり、過去の海外の一般庶民の文化と比べても、日常的に使用してきた日用品のデザインレベルは非常に高いです。また、海外では上手に絵を描けること自体が一つの特殊能力ですが、日本人は特に芸大・美大出身者でなくても、かなり上手に絵を描くことができる人がとても多いです。人口比率から言えば芸大・美大出身者は1%にも満たない存在ですが、実際に上手に絵を描ける人の比率はもっと多いのです(例えば、Pixivのような画像投稿サイトに作品を投稿する大半の人は、芸大・美大出身者ではありません)。
ちなみに「歴史」という言葉(文字)が表しているのは、「言葉によって記録された内容の集積」という意味です。さて、ここで考えてみましょう。私たちがSNS等でネット上に日常を公開(=ウェブ上に記録)するとき、どんな内容を公開するでしょうか?
「高級レストランでフレンチを食べてきました!」とか、「ナイトプールに行ってきました!」とか、そういう投稿をすることがほとんどでしょう。「いま、椅子に座りました」とか、「息を吸って、吐いています!」とか、「上唇と下唇を接触させて、『む』という音を発音してみました!」とか、そういう投稿をする人は皆無でしょう。
何が言いたいかというと、人間が記録として残そうとするものは、本質的に自分にとって「特別なもの」なのだ、ということです。逆の言い方をすれば、特別ではないもの、当たり前のこと、そういったものは記録に残すに値しないものと考えているのです。だから、実は日常的になされている行為のほとんどは記録に残すに値しない行為で、多くの人がその行為を行っていても、無視され、ただ過ぎ去っていくだけのものとなっているのです。
ここに「デザイン(design)」という言葉に適切な日本語の訳語がない理由のヒントがあるかもしれません。もしかしたら、伝統的に職人の文化が根強い日本人にとっては、デザインする、という行為は敢えて「言葉を作るまでもない」ほどにあまりにも当たり前すぎる行為だったという可能性が存在するのです。その意味では、個人的には「デザイン(design)」の言葉として適切なのは、「ものづくり」という言葉なのかもしれません。これなら、細分化されたデザイン分野のどれにも当てはめて使うことができそうです。