著作権のないデザインだからこそ抱えている問題点
一般的にはあまり知られていませんが、デザインに対しては「著作権」は生じません(商標権は存在します)。その意味では、デザインという分野は、他の芸術分野と大きく異なる性質を持っています。現代の芸術の世界はおおむね個人の個性・独創性に基づく「自己表現」の概念がその作品の生み出す価値に大きく関わっていますが、デザインカテゴリーの場合は、その性質に一定のブレーキが掛けられているといってよいでしょう。
この特異な側面は、デザインの主たる目的が機能性や実用性に重点を置いていることに由来します。例えば、製品のデザインが特定の機能を最適化し、ユーザーエクスペリエンスを向上させる場合、そのデザインが個人の独自性のみによって成立することは難しいでしょう。むしろ、広く受け入れられる優れた機能性や使いやすさが求められるため、個々の独自性はある程度抑制されることがあります。
この点において、デザインは美術や文学のような純粋な芸術表現とは異なり、実用性や目的達成に向けた効果が重要視される。一方で、商業的な要因や市場の需要もデザインに影響を与えています。デザインの世界では、機能性と美的要素のバランスを取りながら、多くの異なる要素を調和させることが求められるのです。
このようなデザインの性質は、産業界や商品開発において重要な役割を果たしており、時には美的要素と機能性の融合が新たなトレンドや革新を生み出す源となることもあります。
デザインになぜ著作権が生じないかというと、例えば、「水平な板の下に四つの垂直な棒を接続する」という製品に著作権が設定されてしまうと、誰かが他人のために「机」を作って提供する、あるいは販売するという行為を行った場合にそこに著作権に基づく権利が生じてしまい、著作権保持者に多額の著作権料を支払わなければならなくなるからです。
もしこのような事態が生じてしまったら、多くの人は生活必需品の一つでもある「机」を制作したり、手に入れることが難しくなってしまいます。そして、わざわざ著作権料を支払って制作する机の数は激減し、一般大衆は生活するのが困難になってしまうでしょう。つまり、デザインに対して著作権を設定することは、いわゆる「公共の福祉」の観点からして適切ではないのです。
このような問題を回避するため、デザインの分野では商標権が保護されることがあります。商標権は、特定のデザインやロゴが特定のブランドや商品を示すものとして認識されることを法的に保護します。しかし、デザイン自体に関しては、広く利用される一般的な要素や機能性を制限することなく、多くの人々が自由にアクセスし、利用できるようにするために、著作権はあえて設定されないのです。
だから例えば、Apple社とは全く関係のない企業や個人が、iPhoneと全く同じデザインをしたプロダクトを開発(コピー)し、それに「iPhone」という名前を付けて販売することはできません。つまり、一個人のアイデンティティに基づく造形としての「著作権」は生じないが、ビジネスを行う際に生じるアイデンティティに対する法的な権利はしっかりと担保されている、ということになります。
商標権は、特定のデザインやロゴが特定のブランドや商品を識別するものとして認識されることを保護します。これにより、他の事業者が同じデザインや名称を使って混同を招くことを防ぐことができます。ビジネスにおいては、顧客にとって特定のデザインや名称が特定のブランドを指し示すことが重要であり、そのアイデンティティを守るために商標権が活用されます。このように、デザイン分野においては著作権だけでなく商標権も重要な役割を果たしているのです。
現在、インターネット上には、様々なアートやデザインの視覚情報(画像や動画、3Dデータ)が数多くアップロードされています。しかもこの数は日々増え続け、インターネットを利用できる人間(インターネットが規制されている地域に住んでいる人たちや、端末が使えない子供や高齢者はインターネットを利用できないことも多い)はデザインする際のアイデアのリソースをネット上に求め、それをヒントにして様々な発想でデザインを生み出すことができるのです。
インターネットの広大な情報空間は、デザイナーやアーティストにとって無限のインスピレーションを提供しています。視覚情報を共有するプラットフォームとしてのインターネットは、地域や時間を超えて様々なスタイルやアイデアに触れる機会を提供しており、その結果、新たなアートやデザインのトレンドが生まれることもあります。アイデアを糧にして自身の創造性を発揮することで、個々のデザイナーやアーティストが多様な視点から独自の作品を生み出すことができるのです。
この状態は新しくデザインを志す人間にとってはとても素晴らしい状態ではありますが、すでに数多くのデザインを行ってきた人間にとっては、困った状態でもあると言えます。自分が生み出したデザインは、使用したユーザーがネット上に視覚データをアップロードすることによって、模倣者やフォロワーを生み出しやすい状況を作り出してしまうことになるからです。
個性・独創性は、模倣者がいない、あるいは模倣することができないからこそ、その価値が生じるのです。デザインというものは、本質的により多くのユーザーに使われることでその価値を発揮するものです。しかしだからこそ、「価値が高い=希少である」という原理がうまく働かないことになるのです。ですから、現代の高度情報社会では、デザインの価値を保持しつつ発展させるための新しい考え方や方法論、あるいは法整備が望まれているといえるでしょう。